2015/01/03

初詣


今日は富士山が見えて、夕焼けも月もきれいだった。

久しぶりの何もない日。こまっちゃんとみくりんと3人で初詣をする。
こまっちゃんはわたしと出会うまで、神社だとか寺だとかに全く興味が無かったのに、ある日から急にお参りをするようになった。割とカンがあるからか、ある日を境にそこに奉られているもののパワーにリアリティを感じたらしい。
ちゃんと鳥居の正面から入って、正面から出ないと怒る。

お昼ご飯を食べている時ふと、「わたし達は貧乏になるから、ヨーガンレールさんの石垣島のお家みたいな家には住めないんだなあ」と思ったのだが、「でもヨーガンさんだって、初めからお金持ちだった訳では無いのでは、クリエイターだし」と思い、「彼は仕事を通じて、今持っているような世界観やセンスを身につけたはずで、お金だけあって家を建ててもただの成金の家になってしまって、ヨーガンさんの家のようにはならない」つまり「仕事をすることで、価値観やセンスが磨かれて、結果構築されるその人だけの世界が、他の人にとってもお金を払う価値があると思われることでお金持ちになったのだ」、「仕事の対価としてお金を貰う、仕事とお金がイーヴンであるかのように思っていたけど、仕事はむしろ感性を磨き、精度を高め、世界観を構築する為のツールであったのか」であるなら「感性を磨き、精度を高め、自分の世界観を築いていけるような仕事の仕方をするならば、お金が無くて仕事の必要があることこそ、ヨーガンさんのような家に住むのに繋がることなのだ」と思った。

うちでは「お金が無い」は禁句になりました。

昨日のわたしの親への説明が、こまっちゃん結構疲れたみたいです。「もっといいパフォーマンスが出来たのでは」とやたら反省していたけど、わたしはパーフェクトだったと思う、反省なんかする必要ないのに。
やきもきさせた友人方、ありがとう。家族友人含め後ろ髪引かれる気持ちは、目をつぶるでなく、その都度じっくり味わって行きます。