軽い気持ちで提案して弾くことになったピアノ伴奏が、難しくて、「わたしは、こんなにも弾けないのか…」と、軽く絶望の中にいた今年の正月。お休みの日は必死で譜読みして、気づいたら6時間経ってて、やっぱり弾けない…、が、連日…。人生43年ほど生きてきて、わたし、初めて、本気で、必死で、生きてるかもしれない。「まだ本気出してないだけ」でわたしは生きてきた。ええ、はい。自覚があります。突然本気で生きるとどうなるか。右の腰が痛くて、「なんでだろう」と思ってたんだけど、右足でペダルを使うせいかもしれないと思った先日。まだペダリングの練習ほとんどしてなかったのに、ペダリングも練習したらこれ、どうなっちゃうんだ?と思ったら、ペダリングの練習始めたら、踵がとても痛い、ということになった。いきなり6時間弾いて、体がびっくりしてるんですわ。首も足も腕もぎしぎし…。昨日から、「3時間弾いたら、一旦立とう」という目標を立てた。若い体と違って、「突然本気出しても肉体が耐えられない」という真実に驚く。しかし…それにしても、音大受験の時ですら、こんなにも休憩なしで弾いてたかな?ねえ、東京の学友ら…この、画面の右側の2小節、♩=128で弾けないんだけど、努力したとて弾ける未来が見えないんだけど、「弾けない」という自分を受け入れて、そんな自分の人生を肯定して生きてOK?──最近になって、やっと弾けそうな目処が立ってきて、そうなってみると、自分に絶望してる期間とは、ぎちぎちにクッションと一緒に箱に押し込まれてるような、身が詰まってる感じ、寂しくない感じがあった。「絶望」で満たされることがあるなんて初めて知った。自分に絶望するのは、「出来ている未来の自分」に期待があることとイコールなんだけど。弾けそうなことが分かる今の方が、どこまでいっても果てしがない、心細い感じがする。…学友ら、ここから先が「楽園」でOK?
