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2015/01/12
a baby has come
こまっちゃんは予定を変えて、今日も昨日のシンポジウムの2日目へ。
昨日島の話をした人と、今日はもっと仲良くなったそうです。
妹が遊びに来てくれて、みくりんとずっと遊んでくれる。おかげでわたしはこまっちゃんが幹事をしている会のブログ作りに没頭。すっごい楽しかった!まだ途中で、レイアウトを試行錯誤している最中なのだけど、テストでアップしている記事に早速「いいね」がついてる。誰だろう…。恥ずかしい。
存分に集中して、妹がコーヒーを淹れてくれて、ココナッツとバナナと黒糖の入ったオートミールクッキー食べて、こまっちゃんがたくさん夕ご飯作ってくれて、今日は今年いちばんいい日だ。
実家の家族もその味のファンになった清水農園で、今日採れたカブをロースト、甘い、フルーツみたい。葉っぱも、牡蠣と炒めて、葉っぱだけ買いたいくらい美味しかった…口福。
2015/01/11
近所の餅つき行ったら終わってた
今日はこまっちゃん、ESDの国際シンポジウムへ。
ESDって何だ?「持続可能な開発のための教育」と書いてある。国内外で活動されている方々を招いて、持続可能な社会づくりを、教育と地域の視点から考える会だそうです。難しそう…。実際、定義も実現も難しいらしい。だが、地方に生まれてその土地で教育を受けた子供たちが、都心に出て戻ってこなくて故郷が存続出来ない、ということが起こる教育の在り方を見直そう、というのも含まれているようだ。確かに。まず都市の生活そのものが持続可能なものではないし、都市を成り立たせている限りない消費活動を必要とする概念が持続可能なものではないし、それを教育が良しとしている以上その教育は持続可能なものではないし、地方はどんどん持続不可能になっていく。シンポジウムのテーマになっている地域に根ざした教育は、それらのベクトルを逆向きに変える、教育現場で考える価値観の転換、と言えるのかもしれない。それって、やっぱり、当然、行政レベルで実行するのは難しいだろうけど…。でもそれぞれの分野でそれぞれのサイズで実現している人達の会。
シンポジウムの後のレセプションで、こまっちゃんは知らない人に話しかけられて、名刺を交換させて欲しい、と。
しかし話すこともある訳でもなし…と思ったら相手の方から、
「…自分の母親は、愛媛県の島出身で、大きな神社がある島なんですけど…。」
われわれが移住したいと思っている島に親族のおられる方だった。こまっちゃんも驚いて、我々が移住を考えている話をしたら、相手もとっても驚かれて、でも親族の方が持っているみかん畑も高齢だったりで今は手が足りてなくて荒れてしまっているのだそうで、
「若い人が来たらすごく喜びますよ!移住が決まったら必ず教えて下さいね」
と言ってくれたのだそう。
今日もなかなかこまっちゃん…呼んでるな。なんかしるし出してるのかな。もや〜っと。
今日は妹が遊びに来てくれた。近所のかわいいお菓子屋さんでレモンタルトを買ってきて食べる。至福。乳製品、卵を使ってないお菓子。そういうお店、増えたなあ。
2015/01/10
寝返り100点
今日のわたしはのんびりした1日。
こまっちゃんは実家へ。お母さんが大変な日は手伝いに行っている。なんと孝行な息子。
日中はみくりんと二人でごろごろする。
みくりんはごろごろと、ヨガマットの上で人生初めての寝返りに成功。マットによだれの海を作っていた。
こまっちゃんは実家で、病院から一時帰宅中のお父さんに、
「やっぱり愛媛、遠いなあ。もうちょっと近くに良い場所は無いの?」
と、やんわりと都内に留まるように求められ、どよーんと沈んで帰ってきた。移住に対する情熱を、簡単に分かってもらえないのは仕方ないし、彼らの希望が別の所にあるのも仕方ない。いつ親に何があるか分からない状態で、どっちを選んでも、選ばなくても後悔する。そういう時は後悔の少ない方を選ぶんだ、少ない方を選んだ分だけ、後悔が軽くて済むからさ、と昔好きだった本に書いてあったや。
「もしもお父さんが再び倒れたら?」「お母さんの介護の負担が増えてにっちもさっちもいかなくなったら?」そういう状態の親を残して本当に今移住するべきなのか?「だったらいつまで待ったら移住が可能なのか?」「今年関東大震災が来たら?」答えは無い。というか答えは内側にしかない。
わたしはわたしで、こまっちゃんはこまっちゃんで、それぞれ実家に帰って、親の価値観をびゃーっと浴びると、はて、自分がどこにいて何をしようとしてたんだっけ?と、移住に対してあんなにわくわくして、あんなに湧き出ていたやる気が、ぴたっと止まって、夢だったように感じる。現実でなかったように思える。とてつもない親不孝をしようとしていたかのように思う。
そこから、「島でやりたいことノート」を見たり、空を見たり、互いを見たり、溜め息ついたりして、わくわくした気持ちを取り戻す、数時間、あるいは1日かけて、自分の本筋に戻って来る。
パウロ・コエーリョの「星の巡礼」を最近久しぶりに読み直して、「そうだよなあ、そうだよなあ」とものすごく為になった。自分の本筋に戻ってきて、そこからまた先に進み、進み続けるのは、もはや「戦い」と言っていいくらい、むしろ「戦い」と言わせて。みたいな。それは反対する人、賛成してくれない人との戦いのように思えるが、己との戦いなのだ。
「これが80円…。殆ど新品じゃないか!」
しかも文庫で、ハンディで良い。
島に行ったらこういうことをしたいなあ、その為にはサイトを作って…むかーしむかしHTMLとCSSを少し勉強したけど、今のハイテクなのはさっぱり、どうしたらいいんだ?と思って色々検索したりした。フリーのフォーマットを利用して、かなりのことがやれそうな感じだった。
あとは好きなものを好きでいて、東京にいる間、好きなものに会い続け、好きじゃないものは無理に見ないで、センスを上げたい。ガガガッと。それで自分しか辿り着けない豊かな世界が見たい。そしたらきっと何を作っても大抵は上手く行く。
2015/01/09
家宝
こまっちゃんは、派遣の仕事の説明を受けに都心へ。
今日使おうと出してきたファイルの中に、かつて希望していた企業に送ったレポートと英文のカバーレターの予備が出てきた(参照:はじまりのこと)。
「これとこれは、家宝だから!」
その肯定感、羨ましい。
だが実際、オーガニック食品の輸入業を営む会社に送るために書いたレポートが、意外にも自分たちの今後の方向の軸になるものがちらちらしており、本当に何も無駄じゃなかったのだ。「Well-being」という概念が、オーガニック食品を食べる目的として提示されていて、わたし達はその概念を海外の論文から学んだのだが、これは「より良くあろうとする」「幸せ」などの意味で、質の良い食事の目的でもあるし、来週こまっちゃんが行く教育に関するシンポジウムでテーマになっている、学校多様性の目的でもある。
昨日こまっちゃんがお土産で買ってきたものの中に、ブックオフで100円だった2年前の雑誌があって、しょっぱなから「ダウンシフト」について書かれてあった(しかも書いているのはこまっちゃんの知り合いの方だった!)。みくりんの名前の由来であるところの、お伊勢の豊受大神宮のことも載ってるし、最近こまっちゃんがひっぱってくる情報には無駄がない。引き寄せてるのか。
結局派遣の仕事は、先方の都合で来週の木曜日からになった。
「どんどん先延ばしになってるな…」というのが不安に思わないでも無かったが、こまっちゃん、そろそろ地域おこし協力隊に応募する為のレポートを書き始めないとなのだ。むしろちょうど良かった。
いよいよ育休も最後だわね。
2015/01/08
2015/01/07
「派遣はまず派遣会社に登録に行かないと」
昨日は満月だったので、うちで「まるこむさん」と呼んでいるマルコム・ベッツさんの指輪を月光に当てておいた。そういう浄化方があるらしく、やると中身がスカッとクリアになって、キラッキラする、ような気がするので、マメにこまっちゃんがやってくれる。セージでいぶす、という方法もある。不思議なことだけど、石も生きているようだと感じるし、仲良くしているようで、なんかいい。
昨日と打って変わっての今日。
今日はこまっちゃん、朝からスーツで都心へ。午前と午後に1社ずつ、派遣会社の面接&登録に行く。
さくさくとスキルテストをこなし、午前中の派遣会社から1社、午後の派遣会社からは4社を紹介される。特に午後の派遣会社からは、
「取り合いになりますよ…!」
と、選択の余地すらある好待遇。
派遣会社によって得意分野が違うようで、土木系に強い午後の派遣会社は、3月末までが繁忙期、我々が求めている3月末までの事務も色々あるらしい。
特にこまっちゃんから尋ねた訳ではないのだが、
「髭、大丈夫ですから!」
と、それぞれ違う会社を担当する3人から熱く言われる。土木系は、髭が大丈夫。
こまっちゃんは、つやっつやの顔で帰ってきて、
「派遣会社はまず派遣会社に登録に行かないと。おれなんかちょっと順番間違ってたみたい」
と言って踊っていた。お土産まで買ってきてくれた。
今日は七草粥をした。こまっちゃんがカニのほぐし身を入れる。
わたしは腹ぺこだったので、本当はドリアにしたかったんだけど、七草粥の日だし、フレッシュな七草が山盛りあるし、でもお腹一杯お粥を食べるのは辛いものがあるな…。
夜かかってきた電話で、派遣先の面接無しに、明後日から働けることにほぼ決まる。
どうやらきちんとした大きな会社で、再生可能エネルギーの部門も持っている。なんか上手くすれば、島のこととつながるかも知れないね。島ではメガソーラーの施設やソーラーパネルを乗せている個人宅が非常に多い。島と再生可能エネルギーは相性がいいらしく、個人的にも興味のあるところだ。
こまっちゃん、
「仕事、なんだか楽しそう」
だって。こまっちゃんが楽しそうでわたしも嬉しい。
2015/01/06
前髪
今月は派遣で働くつもりだったこまっちゃん、未だ仕事が決まらず。
昨年末、派遣会社に登録したものの、思い立った瀬戸内旅行を優先したり、当てにしていた派遣が長期だったりで、決まらないうちに年末年始の派遣会社の休業がはさまって、改めて複数の派遣会社に応募したものの、なかなか返答が来ない。
「甘かった…。完全に出遅れた、後手後手だ」
打ちひしがれ、暗い食卓。
「日雇いすら、ゴミ収集みたいのしかない。」
年末日雇いを探していた時は、年の瀬でたまたま求人が多かったようで、現場が殆ど中国人だったように、普段は常勤で働く中国人がいるから求人が出ないのかもしれない。
「おれが学生だった頃の10年前とは違う…。」
夕暮れ時、退屈だったので前髪を切ることにする。
前髪を切ると、後悔したり、鏡を何度も見たり、何度も撫で付けたり、しばらく忙しいからね。あまり考えず勢いで切る。このムードも断ち切れるかもしれないし!
仕上がりは9割5分、イメージ通り。
こまっちゃんに、
「変な人みたい」
と酷評される。
派遣の仕事は、登録内容を見直し、応募を増やしてみたら、今日1本電話がかかってきた。
結局明日、2件の派遣会社に登録しに行くことになった。選考はそれからかな。
髭を剃って行くか否かで問答する。髭が生えてて落ちるってことあるだろうか?
「2日で生えるんだし、剃れば良いじゃん。それで何も減らないって」
「ともちゃん、どうしたんだ、守りに入ってるな。おれは剃らない!髭があった方が格があるような気がするし」
退社した会社と年金基金から、お金が振り込まれるという知らせを受ける。全く想定していなかったもので、何のお金かもよく分かってないのだが、合わせて1月分の給料くらいある。
「やった〜!助かった〜!」
くるくる回りながら小躍りするこまっちゃん。
満月に仕事が決まるようにお祈りした。風が強く吹いてるけど星もぴかぴかだ。
2015/01/05
仲直り
朝からけんかして険悪なムードに。それと関係あるのか無いのか、みくりんは大泣きして泣き止まない。
夜になって仲直りの握手をする。
教育に関するTEDの動画を2つ見る。こまっちゃんは今月、教育に関するシンポジウムに出席するように誘われているので、ローガン・ラプラントくんのスピーチなんかは丁度関連のある内容だった。
どうして自分が教育に興味があるのか考える。
移住に関して、「みくりんの教育の為に、自然の多い環境で」というのはそれっぽい言い訳として通りがいいけれど、果たして本当にそうなのか?わたしは実はよく分からない。東京は面白い人達がたくさん集まっているし、教育の多様性と水準に関しては他の地域を上回っていると思われる。選択肢だって幅広い。
ケン・ロビンソンさんのスピーチを見て、わたしが、わたし自身の為に、失われた自分の創造性を育て直したいと思っているんだな、自分の創造性を育てるための場所として、島を選んでいるんだな、と思った。ローガン・ラプラントくんの提案しているような学び方は理想的な学びだと思うが、わたしがそれを今からでも経験したい。だから本当はみくりんの為じゃない、誰かにとって理想的な教育が何か、とても難しくて分からない。自分のことが少し分かるくらいだ。わたしは今、途切れたニューロンが再び繋がるような学びがしたいと思っている(ニューロンは一度死んだら再生しないんだけど)。
2015/01/04
散髪10年
今日はこまっちゃん、幹事をやっているイベントの打ち合わせで高田馬場へ。
いいなあ高田馬場。全然行きたく無いけど。羨ましい、子連れで遠のいている繁華街が。
ついでにこまっちゃん、10年程通い続けている美容院へ髪を切りに行く。
ここでずっとお世話になっている美容師さんが、なんと愛媛県出身だったということで、色々愛媛の話をしてくれたそう。
定期的に帰っているそうなので、「赴任が決まったら向うで会おうよ!」と。
岡山県の牛窓が「日本のエーゲ海」と言われていることは知っていたけど、瀬戸内のあたりはイタリアに気候が似ていて、イタリアの野菜を育てている所もあるんだって。
美容師さんは、老後は愛媛に帰って、ピザとパエリヤのお店をやるというのを計画中であるらしい。何でもイタリアには、2週間程の研修でピザ職人の認定書を発行してくれる団体があり、美容師さんの他のお客さん曰く「そこで貰った証書と、外国人と一緒にピザ釜の前で撮った写真でも並べて貼っとけば一発だよ。そんなのみんなやってるよ。」
愛媛と広島を繋いでいるしまなみ街道は、今広島から出雲に向かって伸ばしている道路とゆくゆくは繋がるのが地元の話題らしく、「その道路が開通すれば物流が大きく変わる、日本海側の魚介が入ってきたり、人の流れや観光業にも色々変化があるだろう」とは美容師さんの言。
今日はわたしも家で、「こんなWEBマガジンをやりたいな」というようないいお手本を見つけて、心にメモメモ。ってすぐ忘れちゃうからノートにメモ。
わたしにはぽっかりと無気力に、エネルギーの無い状態になることがままあったのだけど、そうなると「このままじゃ身体が怠けてしまう、運動しなくては」と思うのだけど、今日、その機能は大切なバロメータなのでは?ということに思い当たる。やる気のあるわくわくすることにはエネルギーがどんどん湧いて疲れないし、「こんなに体力あったなんて、わたしの身体は丈夫なんだ!」と思う。そうならないのは、やりたくないことをやっているからなのでは、人より馬鹿正直に、やりたくないことに身体が向かない、頭で分かっている以上に、身体の方が、本筋に合っているかどうか分かっている、それだけのことなのかも。
…いいなあ!愛媛。きてるんじゃないのか?
2015/01/03
初詣
今日は富士山が見えて、夕焼けも月もきれいだった。
久しぶりの何もない日。こまっちゃんとみくりんと3人で初詣をする。
こまっちゃんはわたしと出会うまで、神社だとか寺だとかに全く興味が無かったのに、ある日から急にお参りをするようになった。割とカンがあるからか、ある日を境にそこに奉られているもののパワーにリアリティを感じたらしい。
ちゃんと鳥居の正面から入って、正面から出ないと怒る。
お昼ご飯を食べている時ふと、「わたし達は貧乏になるから、ヨーガンレールさんの石垣島のお家みたいな家には住めないんだなあ」と思ったのだが、「でもヨーガンさんだって、初めからお金持ちだった訳では無いのでは、クリエイターだし」と思い、「彼は仕事を通じて、今持っているような世界観やセンスを身につけたはずで、お金だけあって家を建ててもただの成金の家になってしまって、ヨーガンさんの家のようにはならない」つまり「仕事をすることで、価値観やセンスが磨かれて、結果構築されるその人だけの世界が、他の人にとってもお金を払う価値があると思われることでお金持ちになったのだ」、「仕事の対価としてお金を貰う、仕事とお金がイーヴンであるかのように思っていたけど、仕事はむしろ感性を磨き、精度を高め、世界観を構築する為のツールであったのか」であるなら「感性を磨き、精度を高め、自分の世界観を築いていけるような仕事の仕方をするならば、お金が無くて仕事の必要があることこそ、ヨーガンさんのような家に住むのに繋がることなのだ」と思った。
うちでは「お金が無い」は禁句になりました。
昨日のわたしの親への説明が、こまっちゃん結構疲れたみたいです。「もっといいパフォーマンスが出来たのでは」とやたら反省していたけど、わたしはパーフェクトだったと思う、反省なんかする必要ないのに。
やきもきさせた友人方、ありがとう。家族友人含め後ろ髪引かれる気持ちは、目をつぶるでなく、その都度じっくり味わって行きます。
2015/01/02
鞄からどんこ
今日はわたしの実家へ。
移住についてわたしの両親に説明しなければいけない、というのがここ数日の懸念だったのですが、とりあえずは納得してもらえたよう。途中泣かれたりもしましたが、わたしはみくりんのお世話にかこつけてやや離れた所で責任を逃れていましたが、こまっちゃんはがっつりテーブルを挟んで、熱烈に誠実に向かい合ってくれました。ありがとうね。
やっぱり、父がみくりんをだっこして、ぷにぷに手をつないで癒されているのを見ると、引き離すのは可哀想だという罪悪感を感じるね…。わたしとこまっちゃんが日々みくりんに感じている感動を一緒に感じさせてあげたい気持ちと、後ろめたさの言い訳として、それはわたしが産まれた時や妹が産まれた時に満喫したはずだ、という気持ちと、理解して納得してもらえてほっとした、わーい、と、でも単純には喜べない、と、複雑な気持ち…。
そして老いていく親の介護がどうなっていくのか、考えたく無いけど、歳はとる訳で。
わたし達はそれも含めて、逃げる訳じゃなく、関係を断ち切る訳でもなく、前向きな選択として捉えているけれど、100%親の満足するような在り方では応えられないことは理解していて、まず自分たちが充足した生活をするのが第一、であるからこそ、想定外のシュチュエーションに対処出来ると考えている。
移住組と親との関係って、みんなどうしてるのかなあ?あまり語られないけど、きっとそれぞれ問題になっているんだろうなあ。
今日はそれもありつつ、実家でたらふくおせちも食べつつ。
お土産に大分産どんこを貰う。出産前わたしがピアノ伴奏をしていた、母の歌の生徒さんから頂いたもの。トゥルっとした食感で、10センチを超える原木のしいたけ…!こまっちゃんは感動して、「鞄にいつも入れて持ち歩きたい」。
今回、親としっかり話をしてみて、それは親が選択した生き方と全く違う選択をしますよ、ということを明示するという行為であった訳だけど、それに対する父の指摘や提言を聞いて、父に対して印象が改まった、こまっちゃんを通して見る父が以前より良く思えたのは、今後の長い関係においてなんとプラスのことであることよ。
マイナスのことばかりじゃない。プラスだけじゃない。でも大きく見てプラスマイナス、ちょっとプラス。それって大事なことッス。
2015/01/01
キコイ
今日は新年早速のお客さま。本当は二人だったのが急遽一人になってしまったけど、しっかりとっくり話せるのでそれもまた良い。
色んな話をしたけど、WHOは世界の良識であるかのように存在しているけれど、実際には方向を指し示しているのは一部の超マイノリティ集団である、という話が、そういえばそうだわー、だった。
わたし達夫婦は都会に育っているから、お金が無いと幸せになれないという考えがきっちりみっちり刷り込まれてるけど、それが真実かどうかは、それを共有している共同体を出てみればすぐに分かることだった、悩むようなことじゃなく。と、友人の軌跡を聞いていたらそんな風に思った。
お金がある方が幸せか、望む生き方をする方が幸せか、どちらが自分達にとって幸せなのか、実際にやってみて確かめて決めたいの。お金も地位も名誉もある人生は素敵だけど、でも、世界の人口の数パーセントしか実現出来ないようなあり方の幸せを最上のものとして目指すのじゃなく、ただその時々で価値を感じるものを価値があると思って大切にして暮らしてみたいの。そのために苦しかったり大変だったり辛かったりすることが、生き生き生きることのどのくらい妨げになるのか、自分の人生を使って知りたいの。そしてそのやり方が本当に負け組にしかならないのか確かめたいの。
と、明日、典型的な団塊世代のわたしの親に言えると良いんだけれど…。
わたし達が移住を考えていることに関して、順を追った説明を求められている明日の里帰り。
まさかこのブログを頭から読んでくれとは言えないしなあ!
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