2015/03/11

江戸前の


朝、ゴミを捨てに行くと、着実に春になっているなあと感じる。共用階段のすぐ脇にあるクロッカスの芽が、前の日と比べて格段に大きく膨らんでいる。恵みの春雨。

さて、今日は友人に大変な不義理を働いてしまう(ホントごめんなさい…)。
ジャケットのポケットの中で再三鳴る携帯の存在をすっかり忘れて、わたしは一体何をしていたのか…。
店の前を通りがかるが、いつも通り過ぎるだけで気になっていたほんやら洞のカレーを、今日は食べてみたいかもしれない、と、行きすがら思っていたのです。中央線特集なんかで雑誌に載ったりする、個性的な老舗の店、的な紹介をされる有名店。
そして午前中の用事を終えて、「行ってみよう、子連れだけど。東京で最初で最後のほんやら洞へ」と、賭けのような気分で扉を開ける。
中ではおじさん達の団体さんが料理が来るのを待っている。「他のお客さん、煙草吸ってますけど」と言われ、ひるむ、が、勇気を出して突き進む。小さな店内だ。煙を避けられるよう背の高いスツールにみくりんを抱えて座って、カウンターで「スパイシーチキンカレー」を待つ。
同じくカウンターに座った常連さんらしいおじいさんとの話で、「赤ちゃんはカレー食えなくて可哀想だなあ、俺も食えないけどな」という台詞で、「えっ…どんだけ辛いんだろう…」と、食べられなかったどうしよう、と不安になる。
オーダーが混んでいるので時間がかかると言われ、膝の上のみくりんをもちもちしながら、「こういうライブハウス的な、バー的なお店、子が出来て以来来てなかったな…」と、馴染みのあった自分を遠くに感じる。そして、こういう、煙草ウェルカムな、お酒とアンプとアングラな音楽と、の場所をゆりかごにして幼少期を育った知人や知人のお子達に思いを馳せる。
ついにカレーが出て来る。…んむむ、結構辛い!これは気を強く持たないと負ける…!と、さらっとしたルーと、かわいいレーズンの乗ったドーム型のご飯を崩して、玉ねぎのピクルスをたっぷりかけて、おりこうにしていたみくりんが、途中眠くなって「うえ〜」となるのを小脇にかかえて、辛さとみくりんの気を反らさせるのと二つの戦いを同時に攻める。カレーが少し冷めてくると、辛みもややマイルドになって複雑な味が分かるようになる。旨いな〜。だがこのレベルの刺激、妊娠以来だな!効く!大丈夫かな!
すっかり平らげ、熱い口の中にセットのラッシーが沁みるの。

ほんやら洞に別れを告げ、駅ビルでこつこつ揃えているムーミンコミックスを2冊買い、食料品売り場にてテンペとセロリを買う。
妊娠中、テンペ、という不思議なパーフェクトフードを勧めてもらってから、さつまいもとテンペのポタージュを作ったら、びっくりするほど美味しかった。それで今度はじゃがいもとセロリとテンペのポタージュにチャレンジしたくて購入。
テンペ、食べる前は見た目にびっくりしたけど、見た目から想像出来なかったおいしさ、程よい固さの立派な大豆。そのままでも食べられる大豆の水煮的な、でももっと使い勝手がいいし、とにかくお豆がいいお豆。

そしておみやげに和菓子を買って、電車に乗って2駅、降りたところではた、と、今日昼の散歩に誘っていた友人からの着信と、それにまぎれてこまっちゃんからの着信とに、
「あ、あああ…———!!」
となるのでした…。

昨日、引越し用の段ボール、梱包材などが届く。
2巻きもあるプチプチ(緩衝材)など見ていると、いよいよだなあと思う。引越しは4月7日、愛媛に向かって移動するのは8日の予定。詰め始めた瞬間から、この家のこの感じは終わるんだなあ。
こまっちゃんと2人で住み始めて、知っている人は知っているが、最初はちゃぶ台と椅子が1脚の家だった。それが少しずつ買い揃えて、ようやく住まいらしくなって、居心地が良くなって、そしてこの家で到達した完成形は、もう見納めなんだなあ。
と、そんなに感傷的になってるわけじゃないんだけど。

「東京で最後の○○」。がっつかずに、しっとり楽しみたい。
「東京で銀座の鮨」とか、これまでの東京生活では食べられなかったけど、まだ諦めた訳じゃないから。人生長いから。帰ってだって来るし。
その時はひとまわりもふたまわりも成長して帰ってくるから。
待ってろ銀座の鮨。
…もしくは銀座のフレンチ。