朝起きて、「どうしようどうしよう」とつぶやくこまっちゃん。布団に寝たまま話し合う。
数年先のビジョンをもう少し具体的にして、そこに繋がるものの中から選ばないと、今何をするのが適当か選べないよ。将来どういう生活をしているのが理想的なのか…。
「それがまだあんまり分かんないんだよ」
「例えばわたしはね、理想的なのは…。岡山の里山農場の人が言っているみたいに、畑と田んぼがあって、託児所も、レストランも、宿泊所もあって、そういうところで必要とされる仕事をしながらコミュニティに関わるのがしたい。それで風車とかあってさ、エネルギーも自給してるの。持続可能なの。そういうの。嫌?」
「いいよ。だって大学の時、里山で田んぼやってたもん、里山っていうのは、必要なものを自給出来る循環型の生活が出来るんだよ。そういうのに興味があったから。」
「持続可能で循環型で、そこに全部あったら、それって村だよね。わたしそういう村の……村長になるわ。それでスウェーデンとかのエコヴィレッジとかに視察に行く。」
「ともちゃん…。ともちゃんにそんなでかい夢のビジョンがあるなんて知らなかったよ…。」
わたしも知らなかった。初めて言った。わたしは村長になりたかったのか。
こまっちゃんは農家のおしごとナビに電話をして、千葉の農場に状況を確認して電話を折り返してもらうことにして、午後はハローワークに行った。
そして傷んで帰って来た。
もともと自己都合だから何かがどうなるとそんなに期待もしていなかったけど、友人の前情報と違って結構機械的な待遇をされたらしい。「バイトした方がマシ。もう行くことはない。」と。そんな暗い気持ちの帰り道の暗い富士山をパチリ。
そしておしごとナビから着信あり。
「選考で他の人の就職が決まりました」と。
千葉の農場に就職して、寮に住みながら働く、という線はなくなりました。
「あっけなかったな…。」
来週には千葉に行って、研修までは進むつもりだったのだけど。
「振り出しに戻った…。」
ハローワークの空気感を愚痴りながら、年末年始の角上魚類の深夜バイト(時給1800円)などを検索しはじめるこまっちゃん。いいよそんなの、本筋にもどって探そうよ。
「やっぱり地域おこし協力隊かもしれない。社会保障もあるし住むところは提供してくれるから」と言いながら、漫然と探す。全然顔に明るい感じが無い。わたしとみくりんを食べさせるという責任と別の何かが、わくわくする方向に気持ちが向くのを妨げているのだ。
東京に住んでいて、お祖母ちゃんがいて、お父さんもリハビリ中で、お母さんが介護をして、何かあったときに自分が支えたいし、家族を見捨てて自分が住みたいどこかの地方で幸せに過ごせるイメージは全く無い、その気持ちが彼が本当に望むことに出会う扉の楔になっていた。
人って不思議だなあ。一番望むことが叶わなかったら、一番望まないものを選択しようとしてしまうんだなあ。
実家の近くに住んで東京で働いたら、彼らは安心かもしれない。でも自分にも彼らにも開けていく明るいビジョンは無いし、むしろ自分にとっては人生終わりみたいなものだ。
でも「自分は望まれたことをした」という思いで、夢を実現させるチャレンジに失敗したことも、自分が現在幸せでないことも、最高に人のせいにすることが出来る。そういうメカニズム、よく目にするし自分の人生でも起こりがちだ。
ぐずるみくりんを交互にあやしながら、じっくり話し合う。
わたしは今日、循環型のヴィレッジのPR動画を見て、見てたら涙が出ていた。
そういう時は理屈を超えて、魂が何かをわたしに言っているんだろう。
完璧に不便な、手づくりのボロ屋のような所に住んで、「人はとことん不便な思いがしたいんだなぁ」と思った。
だけどそこにあるのは高度経済成長が捨てて来たものに見えた。
人類が種として弱まってしまった筋力を取り戻す努力をしているように見えた。
そして、日本人は釘一つ使わず何百年ももつ建物が建てられたのに、そういう技術を資本主義のその次の世代に繋げられなかったんだなぁと思った。
わたしにとっては、育った東京はもう十分、都会のシステムに自分のつじつまを会わせるのでなく、自分の自然を許してくれる自然の中に暮らしたい、みくりんも土の上を裸足で遊ばせてあげたい、使い捨ての価値観から、もっと違う、長く続くものが見たい。そういうことが田舎で、田舎だったら可能なのに、という希望を持っている。
自分の土地はここじゃない、子どもの頃から持っている感覚。
それがやっと自分の本筋に向かい始めたのだ。東京で仕事を辞めるって大変なことだよ。レールから外れるところが一番勇気が要って、だからあとは楽しい道だよ、やっと望む方向に歩き出せる、不安でも苦しくても、わたしは今すごく楽しい。
そしてこまっちゃんが「本当は関東はぴんときてない」ことに気付く。そして一番理想的なビジョンが、
「海があって、山があって、父さんと母さんが散歩したりして、みんながのびのび暮らしている」
であることにたどり着く。その為に、お父さんとお母さんが居心地良く住めそうな土地を探して、そこで居場所をつくり、彼らを迎え入れる下準備をしておく。そこに繋がる移住だったらポジティブなんだと分かる。
そして範囲を広げて地域おこし協力隊の募集を探し始めた。
「愛媛の瀬戸内海の島がいい…!」
農林業も漁業も手伝える、新鮮な野菜と美味しい魚が食べられる、土地と加工品のPRでマーケティングの経験も生かせる、外国人を対象にしたイベントで英語のスキルが必要とされている。
「瀬戸内に住むことを考えただけでわくわくしてきたね!」
我々の財力的には、2、3ヶ月以内には仕事を始めないといけない。
2、3ヶ月後には瀬戸内か…。
瀬戸内…なのかな?!